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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2504号 判決 1981年8月03日

原告 庄司弘子

被告 山内重男

主文

一  被告は、原告に対し、金六三六万七九〇〇円及び内金三五〇万円に対する昭和五二年四月七日から、内金二八六万七九〇〇円に対する昭和五四年四月一一日から各支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、一、三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七二五万円及び内金三五〇万円に対する昭和五二年四月七日から、内金三七五万円に対する昭和五四年四月一一日から各支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡山内俊男(以下「俊男」という。)は、昭和五一年三月一七日、自己の所有財産を原告と被告に各二分の一づつ遺贈する趣旨の文章の全文、作成の日付及び自己の名を自書し、これに押印して遺言書を作成し、自筆証書によつて遺言をした。

2  仮りに、右1の事実が認められないとしても、俊男は、昭和五一年三月一七日、原告との間で、自己が死亡した場合には、自己の所有財産の二分の一を原告に贈与する旨の死因贈与契約をした。

3  俊男は、昭和五一年三月二二日死亡した。

4  俊男は、右死亡当時、次のとおりの財産を有していた。

(一) 現金七〇〇万円(俊男死亡後は、被告が管理している。)

(二) 別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその敷地である同目録(二)記載の土地についての訴外田中守太郎との賃貸借契約に基づく借地権(以下「本件借地権」という。)

5  被告は、昭和五四年四月一一日、本件借地権を金七〇〇万円で訴外永峰アイ子に売り渡した。

6  被告は、原告が本件建物の二分の一の共有持分権を有することを知りながら、昭和五四年五月九日、本件建物をとりこわし、滅失させた。

本件建物の昭和五一年当時の固定資産課税台帳上の価格は、金七万三七〇〇円であるが、実際の取引価格は、右価格の数倍に達することは明らかであるから、右とりこわしの際の本件建物の価格は、金五〇万円を下廻ることはない。

7  よつて、原告は、被告に対し、右1の遺贈又は2の死因贈与契約に基づき、次の通りの金員を支払うことを求める。

(一) 右4の(一)の現金七〇〇万円の二分の一の金員である金三五〇万円及びこれに対する本訴状が被告に送達された日の翌日である昭和五二年四月七日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(二) 右4の(二)の本件借地権の譲渡代金七〇〇万円の二分の一の金員である金三五〇万円及びこれに対する本件借地権譲渡の日である昭和五四年四月一一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による利息

(三) 右4の(二)の本件建物を被告が減失させたことにより原告が受けた損害の賠償として金二五万円及びこれに対する昭和五四年四月一一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は否認する。

なお、仮りに本件遺言書が俊男によつて作成されたものであるとしても、同遺言書には、作成の日付を示す記載がないこと、また本文においても、明確に判読できる文字としては、「山内重男」「庄司弘子」「で」「半分」「俊男」「な」があるのみで、これらの文字から、意思表示の内容を読み取ることはできないこと、さらに、本件遺言書に押捺されている印影のうち、「俊男」の下に押捺された印影を除く他の二か所の印影は、その趣旨が不明であることから、本件遺言書は自筆証書遺言として必要な要件を欠き無効である。

2  同2の事実は否認する。

3  同3、4の事実は認める。

4  同5の事実は否認する。

被告が訴外永峰アイ子に売り渡した借地権は、被告が、俊男死亡後、訴外田中守太郎に名義書換料四〇万八〇〇〇円を支払つて新たに賃貸借契約をしたことによつて取得したものである。

仮りに、右事実が認められないとしても、右借地権を永峰アイ子に売り渡すについて、昭和五四年四月一一日名義書換料七〇万円を右田中に、同年五月一一日仲介手数料三五万円を訴外渋谷住宅に、さらに、借地上の建物を取りこわして売るとの約定により、同月一三日建物の解体工事費二〇万円を解体業者に、その滅失登記手続費用一万三〇〇〇円を訴外土地家屋調査士小松栄次に、さらに同年四月二三日ガス管撤去工事費用金一二〇〇円を東京ガスにそれぞれ支払つたのであり、右借地権の譲渡に要した費用は、総額一二六万九二〇〇円であるから、右借地権譲渡によつて被告が得たのは、五七三万八〇〇円にとどまる。

5  同6の前段の事実のうち、被告が原告主張のとおり、本件建物をとりこわしたことは認めるが、それは、借地権の売り渡しのために行つたのであり、その際、被告は本件建物の二分の一の共有持分権が原告に帰属するとは知らなかつたものである。同後段の事実のうち、本件建物の昭和五一年当時の固定資産課税台帳上の価格が金七万三七〇〇円であることは認め、その余は否認する。

三  抗弁

1  請求原因1、2に対し

仮に俊男が、請求原因1の本件遺言書を作成し、又は同2の死因贈与契約をしたとしても、同人は、その当時意思能力を有していなかつた。

2  被告は、俊男死亡後昭和五二年七月までの間に、俊男の医療費、葬儀費、法要接待費その他関連費用及び墓碑建立費として合計金二一一万一一八八円を俊男の遺産から支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は不知。

仮に、右事実が認められるとしても、右支出は、遺産から支出されるべき相続財産に関する費用ではない。

第三証拠<省略>

理由

一  証人藤原園子、同大西英胤、同深沢きくよの各証言及び原被告各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証の二、第三、第四号証並びに右各証言及び右各尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  俊男の妻コトは、昭和四四年ごろから、痴呆症となり、昭和四七年八月からは、入院して療養していたが、昭和四九年九月六日死亡した。コトの入院中、俊男には同居の家族がなく、一人で生活していたため、昭和四八年三月ごろ、俊男、原告それぞれの友人の紹介で、原告は俊男と交際するようになり、俊男宅へ行つては、炊事、洗濯などの世話をするようになつた。

2  右のような交際を続けていた昭和四九年二月一三日、俊男が結腸癌のため国立大蔵病院に入院し手術を受けるに至り、原告は、自宅で営んでいた洋裁業を休んで、俊男の付添看護に当たり、俊男は約二か月間入院ののち退院した。原告はその後も、俊男との交際を続け、昭和五〇年九月には、コトの一周忌が済んだ後、籍を入れるという話が俊男からなされるに至つた。

3  俊男は、右退院後、一応健康を回復して職場に復帰したが、再び病状が悪化し、昭和五〇年一一月二八日再度前記大蔵病院に入院するに至つた。

4  原告は、昭和五〇年一〇月末ごろから、俊男の申出により俊男との交際を断つに至つたため、俊男の再入院を知つたのは同年一二月一八日ころになつてからであつたが、その直後から再び右病院に泊まり込んで俊男の付添看護に当たるようになつた。

5  俊男の病状は、再度の入院時から既に回復の望めぬ状態にあり、入院後日を追つて病状が悪化し、昭和五一年三月中旬ごろには、俊男も自分の病状について、不安を持つようになり、原告が、それまで、身の回りの世話をしてくれたこと、入院後献身的に看護してくれたこと等に対し、深く感謝し、これにむくいるために、自分の死後原告にその遺産の一部を贈与したいと考えるようになり、担当医師大西の助言もあつて、その趣旨を書面化するつもりになつて、同月一七日、午前一〇時ころ、俊男は、原告に対し、もしものことがあつたらお前が可愛想だといい、原告に便箋とボールペンを出してもらい、ベッドに寝たまま、一枚の便箋用紙に後記認定の文言等を四行に自署し俊男と署名し、その名下及び本文中の二か所(いずれも文字の上)に「山内」と刻された自己の印を押捺し、そしてこの書面(甲第一号証の一、以下「本件遺言書」という。)を直ちに原告に手渡した。

原告は、同日午後、本件遺言書を同病院の外科看護婦長藤原園子に預け、藤原は同病院使用の封筒に「重要」「藤原」と記載し、その封筒(甲第四号証)に本件遺言書を入れ、病院の記録室の手文庫の中に保管しておき、俊男死亡後これを原告に手渡した。

以上の事実が認められ、被告本人の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠並びに弁論の全趣旨に照らして措信し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、本件遺言書の記載内容は必ずしも明確ではない部分があるが、「山内重男」「庄司弘子と二入」「で半分づづ」「俊男」「なな」の各文字は明らかに判読できるし、右のうち、「二入」は「二人」の「づづ」は「づつ」の各明らかな誤記であり、「なな」は「な」の重複であると認められる。そうすれば、本件遺言書のうち、俊男の署名である「俊男」を除いた部分は、「山内重男庄司弘子と二人で半分づつな」と読み取ることができる。これに本件遺言書が作成されるに至つた経緯について既に認定した事実を加えて判断すれば、仮に本件遺言書が自筆証書遺言としての要式性を欠くものとして無効であるとしても、俊男が、昭和五一年三月一七日、自分が死亡した場合には自分の財産の二分の一を原告に贈与する意思を表示したものであり、原告はこの申し出を受け入れたものであると認めるのが相当である。

なお、本件遺言書には、俊男の財産のうちのどれを原告に贈与するのかについての具体的記載はなされてはいないが、これは、俊男が特定の財産ではなく自分の全財産の二分の一を原告に贈与する意思を有していたから、ことさら財産の特定をしなかつたものと解するのが相当である。

以上によれば、請求原因2の事実が認められることになる。

二  抗弁1の事実については、本件全証拠をもつてしても、これを認めるに足りない。

三  請求原因3、4の事実は当事者間に争いがない。

そうすれば、俊男の死亡により、原告は、被告に対する金三五〇万円の引渡請求権、本件建物の二分の一の共有持分権及び本件借地権の二分の一の準共有持分権を取得したことになる。

四  いずれも被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第八号証の一、二、第九号証の一及び右尋問の結果によれば、被告は、本件借地契約の更新の際、俊男の相続人として、名義書換料四〇万八〇〇〇円を田中守太郎に支払い、本件借地権者の名義を俊男から被告に変更し、その後、昭和五四年四月一一日、本件建物を被告の方で取りこわすとの約定で、本件借地権を訴外永峰アイ子に金七〇〇万円で売り渡したことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、前掲乙第九号証の一、いずれも被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第九号証の二ないし六、右尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件借地権を永峰アイ子に売り渡すに際して、左記1ないし5のとおり、合計一二六万四二〇〇円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

1  昭和五四年四月一一日に本件借地権の名義書換料として田中守太郎に七〇万円

2  同年五月一一日に本件借地権売買の仲介手数料として訴外渋谷住宅に三五万円

3  同月一三日に本件建物の解体工事費として解体業者に二〇万円

4  同月一四日に本件建物の滅失登記手続費用として訴外土地家屋調査士小松栄次に一万三〇〇〇円

5  同年四月二三日にガス管撤去工事費用として訴外東京ガス株式会社に一二〇〇円

以上によれは、本件借地権を永峰アイ子に売り渡したことにより被告に生じた利得は、売買代金七〇〇万円から、右売買に関連して被告が支出した1ないし5の合計額である一二六万四二〇〇円を引いた五七三万五八〇〇円であるとみるのが相当である。そうすれば、原告が、本件借地権の二分の一の準共有持分権者であることは、前記のとおりであるから、被告は右金額の二分の一である二八六万七九〇〇円については、原告の損失において不当に利得していることになり、被告は右金員を原告に返還すべきこととなる。

五  請求原因6の事実のうち、被告が昭和五四年五月九日本件建物をとりこわし、滅失させたことは当事者間に争いがないが、前掲乙第九号証の一によれば、本件建物の取りこわしは、本件借地権を売り渡す際、その売買契約の内容となつており、本件建物を取りこわすことを前提に、本件借地権の価格が七〇〇万円と決定されたものと認められる。このことと右建物の昭和五一年当時の固定資産課税台帳上の価格が七万三七〇〇円であつたこと(この点は当事者間に争いがない。)を考慮すれば、右建物の滅失は、かえつて本件借地権の価格の上昇という利益を原告にもたらしたものであつて、原告に損害を与えたものではないと認めるのが相当である。そうすれば、右建物の滅失を理由とする原告の請求は理由がない。

六  抗弁2の事実は、仮にかかる事実が認められるとしても、原告の本訴請求に対する抗弁とはなり得ないものである。

七  以上の次第であるから、本訴請求は、請求原因2の死因贈与契約に基づき、(一)三五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年四月七日から右支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、(二)二八六万七九〇〇円及びこれに対する請求原因5の売買の日である昭和五四年四月一一日から右支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条担書、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 清水信雄 野尻純夫)

別紙物件目録<省略>

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